2010年9月9日

自由を手に入れるために稼ぐ?

自由を手に入れるために稼ぐ。少し前からよく聞くセリフだが実際本当なのか?

働くその前は、どの仕事をするかどうか選択の自由がある。しかし労働を選択しない自由もある。昨今の不況からこちらを選らばなければならない人々も増えている。ここでの選択は一部を除き半強制的に決まっているものかもしれない。

仕事が見つかると、自由のために使っていた24時間が、労働により10時間ほど差し引かれる。それでもまだ14時間ほど自由につかえる。もう4時間ほど働いてみる。自由を得るために。しかし、どのような自由を望んでいるのか具体像がはっきりしないかぎり、自由を得たいがために稼ごうとするのは終わりがみえない。結局稼いでいたと信じていた自由を守るためにさらなる自由を犠牲にして、時間に追われて終わるのが常。

そもそも人々は自由でなければおかしい。

住むのにお金がいる、食料を買うのにお金がいる。だったらそういった出費がなければ自由になれるのか?たとえば、山に入り自給自足の生活をしている人は自由なのか?そのような生活を望まない限り、それは思い込みがもたらす自然への束縛であり、自由とは相容れない価値観がそこにある。

働く前は自由なのに、働き始めたとたん自由を失う。本来収入を得ために稼ぐことであって、働くことではない。でも、働かないと稼げない現実に歯がゆい思いがあるが、どこかで自分自身に何を求めているのか問うことはこの束縛から解放されるきっかけにはなるかもしれない。

稼ぎがあっても自身の心の自由が得られないなら、それは労働ではなく奴隷かもしれない。どこかで自由を求める自分があり、それを犠牲にする自分があり、それらすべてとバランスよくうまくつきあっていくほうが現実的。なので、自由を手に入れる最大の稼ぎは自由な時間だと思う。

再度問う。自由を手に入れるために稼ぐのか?稼がなくとも手に入れられる自由が本当の自由であること。資本主義社会のこの世の中では、資産から得られる所得しかそれを満たすものはない。ここからは金持ち父さんの本でも参考にして頂きたい。

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