2011年2月8日

ワイタンギについてひとこと

なぜワイタンギはもめるのか?まともに書くとブログに書けるような長さではおさまらないので、書いておきたいところだけメモ書き程度にまとめたいと思います。

毎年ワイタンギ条約が結ばれたこの日に式典が開かれ首相をはじめ要職が参加していますが、日本の建国記念日とは少々赴きが違います。

ワイタンギの日の式典でなぜ揉め事が起こるのか、もっといえば、この式典においてマオリがなぜ怒っているのか?

理由のひとつは、その条約は平等ではないからといわれています。

状況はアメリカのインディアンやオーストラリアのアボリジニに似ているかもしれません。彼らがその土地に先に住んでいたのは間違いなく、いずれも侵略したのはヨーロッパ人です。彼らが侵略したわけではありません。ニュージーランドも先住民としてマオリ族がいました。彼らの土地を侵略したのはパキハ(ヨーロッパからの移民。白人の俗称)です。ニュージーランドの地名の多くがマオリ語で記載されているのはこの歴史を証明しています。

なので、ニュージーランドを移民の国と定義するのは間違ってはいませんが、土地のもともとの所有者はマオリで彼らが原住民です。マオリが統治していた頃のニュージーランドは平和で森林も豊かでした。良く言えば彼らは無謀な開拓や近代化には無縁で、ニュージーランドの山林がUKのそれと同じになってしまったのはパキハの侵略があったからです。そして、その侵略には争いがあったのは事実でそのために命を落としてしまった人々もたくさんいます(ちょっと脱線しますが、実は移民の定義はもっと後の近代の話で、最近移民してきている人々はパキハが書いた歴史がほとんどでその裏にある争いに関しては知らされていません)。

今年、首相のジョン・キーはあらためてニュージーランドはマオリの土地だと名言しました。

"Aotearoa is Maori land. It belongs to Maori, John Key," he said, before being ushered away by marae officials.

Wi Popata(ワイタンギの会場で拡声器を使って抗議活動をしていた人物)がジョン・キーに叫んだ内容は、

He described Key as "the enemy" and blamed him for numerous ills in society, among them the Foreshore and Seabed legislation which was passed by the previous Labour Government.

異論反論あると思いますが、興味のある方はこちらを読んでみてください。

New Zealand foreshore and seabed controversy


話を少し戻しまして、この条約ついて、ニュージーランドの教育の現場ではどのように教えているのか?

このワイタンギ条約において最も困難だったのは、その条約を締結するとき、お互い相手の言語を理解していなかったことをあげています。この状況を授業の一環としてロールプレイングで参加したことがありますが、一切の言語を使わないで条約を作り上げるのはほとんど不可能に近いことが結論として得られました(だからといって不完全な条約を認めるのが正しいといっているわけではない)。

この条約において知っておかなければならない知られた事実があります。それは、ワイタンギ条約には2つの文書があり、ひとつはマオリ語で記載されたもの、もうひとつは英語で記載されたものがあります。そしてこれらの条約において、記載されている内容の一部が違うことがのちに明らかになりますが、主権の観点から、原則としてマオリ語で書かれた条約が優先されています(ちなみに宗教の自由を謳っているのはマオリ語の条約だけです)。

せっかくですので、授業で使った資料をここにあげておきます(実際に授業で使われたものなので持ち出しはご遠慮下さい)。

The Treaty of Waitangi

- Signed in February 1840 at Waitangi
- Purpose was to establish an agreement between the indigenous Maori people and the British Crown
- Resulted in a new Crown Colony under the protection of Queen Victoria.

Pre 1840

- Maori population estimated at 115,000
- 2000 European settlers
- Large transient population of whalers and traders
- Increasingly affected by outside world
- Independent tribes and small European settlements

Why the British?

- Desire to meet mutual interests
- Maori recognised a strong British empire
- No formal laws
- Protection from France

Relationships begin

1831 Maori Chiefs petition British government
1833 James Busby appointed as British Resident in NZ
1835 Declaration of Independence (to stop French annexation)
1835-40 Concern over Maori welfare grew
1837 British to establish colony
1838-39 Landsharking peaks
1839 William Hobson appointed as Consul
1840 Prohibition on land purchases
1840 Treaty of Waitangi signed

The Treaty

- Prepared in English (February)
- Translated into Maori (the night before)
- Eventually signed by over 500 Chiefs
- Contents (Preamble, 3 Articles)
1. Governance / Sovereignty
2. Land and possessions
3. Protection
4. Freedom of Religion (only in Maori version)

The Problem

- Two versions: Maori & English
- Key words:
¤ Tino Rangatiratanga: “no greater authority”
¤ Kawanatanga: “governance”
- Crown understood they were getting “Sovereignty”
- Maori understood they were giving “Governance”
- Contra Preferentum applies
¤ With ambiguous terms, meaning goes against the writer
¤ Indigenous language takes priority

Relevance Today

- The Treaty has never been incorporated in NZ law as a statute
- However, many Acts of Parliament state that they are to give effect to the principles of the Treaty of Waitangi to some extent 

Example of Legislation

1986 Environment Act
1986 State-Owned Enterprises Act
1991 Resource Management Act
1991 Crown Minerals Act
1991 Foreshore and Seabed Endowment Revesting Act
1991 Harbour Boards Dry Land Endowment Revesting Act
1992 Crown Research Institutes Act
1993 Treaty of Waitangi (Fisheries Claims) Settlement Act
2000 New Zealand Public Health & Disability Act

主権と統治の理解の違いなど、たくさん思うところはありますが、あえて伏せました。ひとつだけ記すとすれば、その歴史はまだ浅いことです。

ニュージーランドに移民として住んでいる人々がマオリに感謝しなくてはならないことはたくさんあります。そのひとつに、ニュージーランドの永住権がなぜ他の国と比べて取得しやすいのか、があると思います。それまでヨーロッパ(主にUKで、旧植民地であるコモンウェルスの連携)からの移民を優遇していたのを他の国へ拡大し、マオリと労働党が永住権取得を容易にするようそれを加速させました。なので、今永住権を取得している人々のほとんどはマオリの心の広さに感謝すべきだと強く思います(もっといえばこの永住権の発給にもしマオリが反対していれば今の永住権は存在していません。この永住権の裏話として、パキハとの人口比を是正するためと海外からの経済援助が得られるからだったようです。永住権申請の投資カテゴリーがそれを示しています)。

社会保障においてもマオリの意見は尊重されています。マオリは長生きできないので年金の支給年齢を下げるべきだという、ちょっと独特な要求をすることもありますが、彼らの要求によって恩恵を受けている人々は少なくないです。政府からの支援や補助をはじめ、公共の施設や公園、道路など土地の所有者が利を得るため課金してもおかしくないところを税金だけで賄われ無料で開放されている場所が少なくないです。普通に生活をしている限り、今のニュージーランドはとても住みやすくお金もそれほどかかりません。法治国家なので法に基づく判断は必要ですが、今後も彼らの意見は尊重すべきだと思います。


ちょっととりとめのない文章になりましたが、今伝えておきたいことを書いてみました。またあとで校正したいと思います。

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