2011年3月1日

今回の震災で責められるべきは誰か?

書き始めたのは震災直後です。時間がなくて手をつけられなかったのを少しだけ校正しています。黙祷のある今日この日に意味があると思い公開することにしました。文章内にあるすべてのリンクをたどって頂くとなぜそのような結論に至ったのか御理解いただけると思います。


まず最初に結論を。余震が完全に終わらないまま旅行者を斡旋していたニュージーランドの旅行業界と、耐震に問題のある建物を放置したまま耐震補強の指示をしなかったシティカウンシル(注)。安全がまったく保証されていない建物の中で人々を働かせ(何も知らない)外国から来た人々を滞在させていたニュージーランド政府がその責を負うべき問題だと考えています。
(注: ビルディングコンセントの認証はカウンシルの仕事です。まったく責任がないとはいえません)

最も糾弾されるべきはニュージーランドの旅行業界で、彼らは(余震がおさまらないのにもかかわらず)現政権とジョン・キー首相に圧力をかけ続け自分たちに利益をもたらす政策(その1その2)を通過させ、自分たちは旅行者を斡旋するだけでなんの責任も取らず金儲けだけしか考えていませんでした(彼らの思想や行動がはっきりわかる記事を取り上げています。こちらから。さきほど記事を確認したところまだ削除されていません)。

またニュージーランドの地震学者の権威にも失望しました。当初GNSは9月の余震があった段階で大きな余震が来ると警告していました。数ヶ月にわたりM3やM4がずっと続く中、彼らの考えが麻痺したのか、自分たちが出した予測を忘れていたのか、大きな余震が発生する可能性について最近は警告がなされておらずその責任すら薄れていたように思います(その傾向は最初からみられました。詳細はこちらから。9月4日に地震が発生し15日に非常事態が解除されています。ちなみに22日以前の直近の最大の余震は20日に発生しています。このときもたいした警告は出していません)。


問題を別の観点から考察してみます。

実際に話をした(旅行業界の)人々から得た印象で、彼らの多くが持っている悪い癖のひとつに、まったく裏づけのない楽観的な意見を他人に向けて振りかざし同意を得ようとすること。実はこれはかなり危険な行為で顧客を扱う彼らが持つべき考えではないように思っています。、例をあげると、

”今少し揺れているけど大丈夫”
”揺れてる?そう感じないけど、気のせいでしょ?”
”毎日これくらい揺れてるから大丈夫”
”日本もこれくらい揺れても平気でしょ?”

これは個人レベルの話であればそれほど問題にはならないかもしれません。たとえそれが旅行ガイドと旅行者との間の会話であっても。ただし、この会話の裏にある非日常を政府が黙認していたとなれば大問題です。残念ながら、彼らは地震そのものを甘くみていたのは明らかで、それ以上に、(もし今回の地震がなければ)あの震災の地へもっとたくさんの旅行者を招致しようとしていたのは彼らの直近の政策が物語っています(しかもその多くを日本からの観光客へ照準を合わせていました)。お金と安全を天秤に掛けたとき、彼らはいつでもお金を得ることを選択していました。だから、耐震が必要な施設に一切お金を費やさず旅行者を得るための広告にお金を掛け続けていました。本来ならば、旅行者を招待する前に、耐震が必要な施設を修理し、まったく問題がないことを確認してから広告をするべきで、残念ながら現政権にはこのような考え方は一切ありませんでした。残念ながら安全よりもお金が必要だったようです。

歴史に”もしも”は禁物ですが、”もし”昨年の9月の震災で数十人規模の死者がでていれば今回の被害はこれほど大きくならなかった可能性があると考えている人々は多いです。9月の震災で人的な被害がなかったからこそ耐震されていない建物をずっと放置していたのであり、(死者がでないのなら)震災を受けているかどうか(外観上損傷がなかった)建物を診断する必要もなく、合理的すぎる考え方そのものが当たり前になっていた感覚が政府やシティカウンシルにあったように思います。


もうひとつ、人々の意識の観点から問題を考察してみます。ニュージーランドの人々と地震について話すと、

地震?良く知ってるよ。ニュージーランドも日本と同じように地震国だから。

おおむねこんな返答が得られます。それも誇らしげに語ってくれるので彼らに悪気はなく、むしろ友好的でさえあると思います。

ただし、彼らがいう地震は、

地震=揺れる、であって 
地震=頭上から物が落ちてくる、では決してないです。

これを説明するのにとてもわかりやすい事例を。

仕事場でデスクに座って仕事をしていて大きな揺れを感じると、彼らのうち数名が身を構えたりするしぐさをすることがありますが、残念ながら彼らのほとんどがデスクの下に身を隠そうとすることはありませんでした。この振る舞いはどこの職場でもそんなに変わらないと思います。

公共の場所(図書館など)でPCを使っていて大きな揺れを感じると、その同じ階にいる人々、地震の揺れを感じたとしても、何もすることはないです。身を構えることも、デスクの下に身を隠すことも、その揺れに対して何かをしようとする人々は皆無で、デスクに身を隠そうとする人々をよく見ると日本人だったりします。

残念ながらニュージーランドに住む人々の多くは地震国に住んでいることを自覚しながら何も対応できていないように思います。火災訓練はあっても震災訓練はありません。なので、その環境にいることを理解しておらず、(特に20代後半は)震災のための教育もトレーニングも受けていないので、誰も何をしなければならないのか知りません。またこの傾向は9月の震災以降もまったく変わらなかったので政府にもその責任はあります。繰り返しますが、最初の震災で人的な被害があったなら今回の被害は少し違っていたものになっていた可能性が高いと思います(街角にある落下しそうなものを固定するなどの防災対策さえ実施していなかった)。

ここ数日の捜索・救助活動においても、ニュージーランド政府が初期段階で準備した救助隊の編成において圧倒的な人手不足は否めませんでした。これはニュージーランドのオンラインコミュニティでも指摘している人々がいました。もし救助隊の人数が十分であれば、CTVを捜索していた部隊をPGCへ送る必要があったのかどうか、残念ながら彼らは数時間CTVを放置せざるを得ませんでした。この放置された数時間がその後の結果を変えたかどうかは誰にもわかりません。

(PGCへ移動した理由において公式にはチャンセラーホテルの倒壊の危険から回避するためだといわれていました。しかしその後の捜索の取り掛かりが早すぎたためこれに対し警察が不快感を述べていました。捜索隊には賞賛を与えるべきだと思います。問題は彼らへ指示を出していた人物であり、何かどことなく不自然なものを感じた人々もいたはずです)

もっといえば、記者会見で警察本部長が口を濁したように、今回の指揮をとっていた人物が本当に経験があったのかどうか誰にもわからないことです。今回の震災は阪神大震災とほぼ同じ規模で街を破壊しています。これだけの規模の災害に指揮を執った人物は世界にもそれほどいるとはとうてい思えません。果たして彼がどれだけの経験を今回の指揮に活かせたのか、疑問に思う人々はいるはずです。

ここで明らかにしておきたいのは、今回の震災は9月の地震からすでに予測されていた、起こるべきして起きた災害であることを理解してほしいこと、そして、なぜニュージーランド政府が耐震補強されていない建物を放置していたのか、そして、なぜその建物の中へ学生を滞在させたのか、その責任の所在について強く抗議するべきだと思っています。



追記: あと考えられる別の問題は、ここ数十年そのような大災害はニュージー ランドで発生していないことから、今回捜索・救助にあたっている隊員のほとんどが瓦礫から人命を救出した経験がそれほどないと思います。それ以上に彼らは地震災害から救出するときに使用される特殊な機 材や道具を持っておらず、現場にあったのは建設現場で使用されていた重機が数台、そのあとメディアに公開されたのは小型のラジコンヘリだけでした。なぜかこの映像をみたときからずっと悪い予感がしていました。あのパイクリバーの災害のときもラジコンで坑内を調査しようとしたところ途中でバッテリーがあがってしまい使い物にならず何の役に立たなかった失敗例があります(もし事故がオーストラリアで起こっていたら全員が助かっていた可能性が高かったと主張していた遺族の意見は今思えばわからなくもないです)。 今回もこの小道具は、メディアに披露されたあとはこれといった活躍も報じられることなく終わっています。残念ながら、地震も余震もまだ終わったわけではありません。経験不足もさる ことながら、ニュージーランド救助隊が持つ装備も、もっとしっかりとしたものに再検討されないと悲劇の繰り返しになるように思います。

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