2011年6月9日

バカがはびこる日本の教育業界

(もし日の丸掲揚や君が代斉唱を反対される方は読まないほうがいいかもしれません)

自分が正しいという主張をするなら、それはそれでいい。

ただし、国がその運営を司る公立学校において、国を卑下する発言をするのは、飼い主に噛み付く犬のごとく愚かな行為でしかない。本末転倒も甚だしい。

彼らが公立学校で働こうとした、その理由のひとつは、公立の学校は国が運営しているから倒産することもなく、一生勤められるとでも思っていたのかもしれない。だとしたら、その思考は完全に矛盾している。原則的に公務員は国に忠誠を尽くすものでなければその職務に就くことが許されていない。

世界中の先進国において、ほぼすべての公務員は、職場や公共で個人の思想を表現することに制限がある。これは欧米でも、アジアでも、ニュージーランドでも同じ。これは厳格に守られていて、例えば選挙期間中に投票する候補者を学校内建物で発言しても、処罰の対象になっているほど厳しい。

かなり前に、この国歌斉唱を否定する教師を書いたUKやUSAの記事を読んだことがあるが、どちらの記者も、なぜ彼ら教師が公立学校をやめないのか、それがわからないと書いていた。欧米では、特にそれが個人の思想にかかわるものなら、別の宗派に移るのがごく自然かつ現実的で、自分の思想にあわない組織でいくら声高に叫んでも、それは異端児にしかならない、といった意見だった。はっきりいえば、彼らは組織の内部霍乱を狙う連合赤軍と同類とみられても仕方がない。

なので、公立学校で働く教師が、もし自分の主張が正しいと思うなら、まず公立学校をやめるべき。君が代を唱いたくないなら、他の国が運営する学校にいけばいい。私立でも、ミッション系でもいい。学校を変えてからその行動を起こさない限り、その行動は迷惑にしかならない。

そして、日の丸や君が代のない、某国の学校で同じ主張をすればいい。誰からも非難や中傷を受けることはないだろうし、むしろ、まわりは同じ意見を持つ人たちばかりかもしれない。賞賛はあれど、誰にも迷惑がかからないだろう。

残念ながら、彼らはそれをやらない。

学歴社会が残した負の遺産は道徳が理解できない人々を量産してしまったことに尽きる。彼らは道徳の文字を理解するが、それがなんのために存在しているのか理解できていない。

繰り返すが、もし、自分たちの主張が正しいなら、公立学校から去り、学校を変えてから、そして人々を扇動してほしい。公務員が国に忠誠を誓わないなら、それは背信行為でしかない。

これを道徳として理解できない日本の教育者があまりに多い。

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