2011年8月27日

減少するも依然リスクは高い自殺率

この記事はとてもわかりやすい、秀逸な記事だと思います。

The number of people who committed suicide in Christchurch has dropped slightly after the earthquakes, but an expert says numbers could rise.

地震のあと、クライストチャーチで自殺を犯した人数はわずかに減少しているが、専門家はこの数字は上昇するかもしれないと述べている。

Chief Coroner Judge Neil MacLean released yesterday the latest national suicide statistics drawn from the Ministry of Justice's database.

チーフコロナージャッジ、ニール・マクリーンは昨日、法務省のデータベースから最新の全国自殺統計を公表した。

The figures show that 89 people committed suicide in Christchurch between July 2010 and last month.

そのデータは2010年7月から先月まで、クライストチャーチで自殺を犯した人々は89人に上ることを示している。

In the four years between July 2007 and July 2011, 299 people committed suicide in Christchurch.

2007年から2011年7月までの4年間で、クライストチャーチで自殺を犯した人々は299人だった。

Christchurch suicides spiked at 15 in May last year, but the numbers have dropped slightly since last September.

クライストチャーチの自殺は去年の5月に15人で急増していた、しかし人数は去年の9月からわずかに減少している。

Figures show the number of New Zealanders taking their own life has remained steady since 2007 at about 540 deaths a year.

データは、自分で人生を終わらせるニュージーランドの人々は2007年から安定しており、毎年およそ540人の死者が報告されている。

It is only the second time that suicide statistics have been publicly released.

自殺統計が公然と公表されたのは今回で2度目となっている。

Barry Taylor, who has been running workshops on the risk of depression and suicide after the Christchurch earthquakes, said yesterday the drop in suicides was expected.

バリー・テイラーは鬱のリスクと、クライストチャーチ地震のあとの自殺に対する講習会を運営しており、昨日のデータで示された自殺数の減少は予期されていたものだ、と述べた。

"Suicide is essentially about isolation and alienation. At the moment, everyone is looking after each other and there's a sense that we're all in this together," he said.

自殺は基本的には絶縁と疎外だということ。いまのところ、誰もがお互いの世話をしており、そこには目の前の問題に対して皆で協力しようという意識がある、彼は述べた。

Taylor said the real problem would occur when the "collective support" and sense of community across the city ended.

テイラーは、集合的な問題と、街全体の社会としての意識が終わったときに本当の問題が発生するだろうと述べた。

"People will go back to their houses and suffer in silence. Next year, when the real consequences and real pressures come, that's when we may see the suicide rate go up again," he said.

人々はいずれ彼ら家へ戻り、そして静けさの中で苦しむことになる。来年、本当の成り行きと本当の重圧が来たとき、そのとき私たちは自殺者数が増えることをみるかもしれない、彼は述べた。

Maria Bradshaw, co-founder of family support group Community Action on Suicide Prevention Education and Research (Casper), said she was glad the coroner had responded to a call for more openness in the reporting of suicide.

コミュニティアクションオンスイーサイドプリヴェンションエデュケーションアンドリサーチ(Casper、自殺防止教育と研究における地域社会活動)のファミリーサポートグループの共同創立者、マリア・ブラッドシャウは、検死官が自殺の報道をもっとオープンにすることに呼びかけていることにうれしく思うと述べた。

"He's getting a very clear message from the families that they want the details of their loved one's suicides reported as a way of stopping this from happening to other people," she said.

彼は遺族から、同じ悲劇が他の人々へ起きないようにするために、彼らの身内の自殺の詳細が報告されることを彼らは望んでいるという、とても明確なメッセージを得ている、彼女は述べた。

Bradshaw's son, Toran Henry, 17, was found dead in 2008 after a video of him being beaten by other pupils was posted on the internet.

ブラッドシャウの息子、17歳のトラン・ヘンリーは、他の生徒によって打ち負かされた彼を撮影したビデオがインターネットに投稿されたあと、2008年に死体となって発見された。

The Auckland woman has since fought for the right to speak out about suicide after the coroner, acting under the section 71 of the Coroners Act, stopped her from speaking publicly about her son's suicide. Bradshaw said the section needed to be repealed.

オークランドの女性は、彼女の息子の自殺について公衆に話すことを禁じられていた、コロナーズアクトセクション71のもとで、自殺について話す権利のために戦っていた。ブラッドシャウは、セクションは破棄する必要がある、と述べた。

"We represent 1800 people who have lost loved ones to suicide and while we acknowledge that not every family wants the information made public, the vast majority of families we deal with do," she said.

私たちは自殺で身内を亡くした1,800人の遺族の代理をしており、すべての遺族が情報を公衆へ報じることを望んでいないなか、私たちが意見を交わした大多数の遺族は情報の公開を望んでいる、彼女は述べた。

"We all believe that there are lessons to be learnt from the deaths of our loved ones and we want those lessons out there."

私たち全員が、私たちの身内が亡くなったことから学ぶことがあると信じており、私たちはそれら学んだことをそこから広げることを望んでいる。

The coroner said the coronial system had a legal responsibility and a role to play in stimulating discussion on issues that could help prevent suicide.

検死官は、検死は法的な責任と、自殺を防ぐことを助ける問題の核心についての議論を激励する任務があると述べた。

"I have suggested that there may be room for a gentle opening up of the restrictions on media reporting of suicide, but we need to consider all viewpoints, especially those of families, so we can make informed decisions," he said.

私はメディアが自殺のリポートをすることにおいて、ゆるやかにカメラを向けるよう規制を設けるべきだと提案したが、私たちはすべての視点を考慮する必要があり、特に被害者家族の人々へ、適切な情報が事前に知らされ同意が得られることにより、それについて結論を出すことができる、彼は述べた。

"These statistics clearly show that what we have done in the past is not bringing the toll down, so we must look for new solutions."

それらの統計は私たちが過去に自殺数を減らしていないことを明瞭に示しており、それゆえに、私たちが新しい解決を探し求めなければならない。


あくまで新聞雑誌からの情報で考察する限り、自殺の原因は世界中(特にOECD諸国)それほどかわらないように思います。ニュージーランドの自殺数にここ数年変化がないのも、ある意味で、生存競争の中の自然死のひとつにさえ思えてきます。記事にあるように、これから情報公開が活発になっていくなかで、何かはっきりとした、そのきっかけや共通の傾向などが明らかになるかもしれません。


追記: この記事を読んでいる方の中にも、生きててもしょうがないかな、と感じたことがある方はいらっしゃると思います。あくまで私見ですが、そもそも自殺を否定している社会が間違っていて、それしか理由が見つからないなら、もうそこまでの人生だと諦めるのもまた人生だと、そう思っています。同時に、すべての人々を70歳や80歳以上に生きながらえさせることにも反対で、もし本人が望むなら、すべての医療器具を外して、最後を看取ってあげるのも、また人生だと思っています(実は、肉親がこのケースで、そのとき、身内が医者から呼ばれ、その判断を促しました。詳細を聞くことはなかったのですが、その判断を下すのには、それほど時間がかかりませんでした。これもある意味で、自殺幇助になるのかな、とそのとき思いましたが、いまでもその判断は正しかったと信じています。また何かの機会で、そのときの話を書ければと思います)。

話をちょっとだけ元に戻すと、人間30歳を過ぎてくると、いやでもいろんな死に直面することが増えてきます。幼い頃はお爺さんやお婆さんの、あの安らかな顔の自然死に遭遇することが多かったのですが、年を取るにつれ、また社会が急変するなかで、数ある引き際の中で、もっとも安らぎを与えるのがあの自然死だということが、本当の人生の終わりを体言できる唯一のものだということがわかってきました。その反対に、列車事故、高い建物から落ちてきた現場のあとの、あの光景は、恐ろしさを通り越して、地獄の様相すら見え隠れしています(あれは人が本来終わるべきその姿では決してないと思います)。

案外、生きててもしょうがないな、と思っているその思考回路はある意味で本当に単純で、答えをひとつに絞ろうとしている、あせりのようなものがあるようにも思えます。あとで考えると、なんでそんなに思いつめていたのか不思議なほど、視界が狭まっていたことに気づかされたりすることが多く、若年者の自殺に多いのがこのパターンのようです。

そこには福も災いもなく、自分が置かれている状況は自分の考えが作り出していること、日々それ以上でもそれ以下でもないことが、年を取り、経験を積むことにより理解できることなのかもしれません。そして、人生を演じるのは、狭い舞台の上だけではなく、俳優や女優といった他の人でもなく自分自身であること、本当の意味でそれに気づくことが、人生を面白くするきっかけなのかもしれません。

ネタ元:http://www.stuff.co.nz/the-press/news/christchurch-earthquake-2011/5516689/Suicide-down-but-risk-still-high

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